【review】範宙遊泳『その夜と友達』

review

愛する孤独、愛される傲慢 –LOVE&HATEの境界線

落 雅季子

愛されている者は傲慢だ。そのことにいつも気づかない。愛してくれた人を、なくしてからでさえ。かわりに、愛されている者は人に優しい。自分がいつもそうされているように、他人に分け隔てなく接することができる。登場人物のひとり、夜(役名は2)(大橋一輝)はそうしたカズ(役名は1)(武谷公雄)に、遠くから惹かれていたのだろう。

舞台は小ぎれいなマンションの一室を思わせる。ふたり掛けのソファ、カーペット。下手にキッチンがあることが劇中で示され、かなりのひろさを持つ、快適な家のようだ。

ふと、カズが入ってきて、おもむろに15年前の「2017年」を振返って話し始める。つまり舞台上での現在は「2032年」だ。客席の観客はまぎれもなく「2017年8月」にこの舞台を観にきており、劇場を一歩出れば皆「2017年」の世界を生きる人々である。ここでまず、時間を飛び越える魔法が使われる。

登場人物三人という小さな脚本の、計り知れないポテンシャルを引き出しているのは「過去」「未来」という時間軸の往来、そして「登場人物」と「客席」の境界を揺り動かすようなカズの語りかけだ。時空、虚構、夢幻、そしてそれらを見届ける客席の人々の存在。

カズが語るのは、15年前の大学時代、講義後のエレベーターで、出会った夜という名の青年のこと。夜はカズのことを以前から知っていたようで、彼を自宅マンションでの飲みに誘ったことから、二人は急速に仲良くなる。

ただし、現在二人に交流はなく、その理由はまだ明かされない。かわりにカズは、夜が、2032年のある日、花を公園で子どもたちに配り、逮捕されたというニュースを語る。なぜなら、その花はペニスの形状をしていたからだ、と。

2017年、カズには、滝沢あん(役名は3)(名児耶ゆり)という彼女がいた。カズを演じる武谷公雄の巧みな語り掛けの区別で、物語はいくつもの時間軸を行き来し、つい一昨日、30代になった二人が再会したシーンに移り変わる。あんは結婚して子どもをもうけており、20代の延長のまま生きているようなカズとは対照的に、人生を前に推進しているように見える。そこから、かつてカズとあんと夜、初めて3人で夜の家で飲んだ場面の回想になる。カズは酔いつぶれて寝ており、夜はあんと喋りながら巻きタバコに大麻を混ぜる。

2 吸ってみる?
3 や 私は大丈夫

こうして、大麻を断ったあんは、後日カズにこう忠告した。

3 私は 私の超えちゃいけない一線は守るから カズくんもそれ 守って 自分なりに
1 あ うん
2 夜くんはたぶん その辺わかってる でもカズくんはたぶん わかってないから

間を挟み、あんはさらに小さな声で畳み掛け、こう言い残した。

3 曖昧なんだよ カズくんは 基準が
1・・・
3 曖昧だから 差別しないんだよ 私のことも夜くんのことも
1 ・・・あ うん そりゃタトゥー入れようがマリファナ吸おうが 別にそんなの 関係ないよ
 (※中略)
3 世間の基準に惑わされないで
1 うん
3 優しいままブレずにいて
1 うん
(※中略)
3 人間的でいて

しかしカズは、あれだけあんに言われたのに「超えちゃいけない一線」を、最後まで理解していなかったように思われる。あんの言った「一線」の意味を理解もせず、それゆえ「一線」を持つことなく、夜を、あんをそのまま受け入れた。あんが若い時に腰に入れたタトゥーを後悔していると言ったのは、それがのちに形成された彼女の「一線」に反する行為だったからかもしれない。

カズの無邪気さは他人を差別しない。だが、無邪気さは時に残酷なものだ。それはカズが、誰かを深く愛するわけでも、何かに憎悪を募らせるわけでもなく、ただ「愛される側」の人間だからだ。

夜とカズは思い出を重ね、夜のマンションでビールを呑みまくる日々を送った。それは紛れもなく二人にとって「幸せ」な時間だった。カズとの幸せな時間を過ごす夜を観て、ああ、こんなに美しく笑う大橋一輝を初めて見た、と思った。「コシアブラみたいなやつがヒマワリみたいに笑った」なんてカズには言われていたけれど、大橋の、夜の、引きつったぎこちない笑顔は、他人への笑い方をよく知らない彼が見せた最大の親愛の表現のように見えた。この愛が、言葉で伝わらなくてもいい。その秘めた思いが、一瞬ほころびを見せる瞬間ほど美しいものはない。本人が隠せていると思っても、ぜんぜん隠せていないのが、本物の愛というものだ。

夜を演じた大橋一輝は、今作で劇団からの退団を発表した。彼がこれまで範宙遊泳で挑んできた役柄は、生きづらさゆえに犯罪計画を胸に秘めてハンマーを持ち歩く男(『幼女X』)、世の中への憤りを隠すことなく、のちにカルトの教祖になる若者(『さよなら日本 -瞑想のまま眠りたい-』)善良を装いつつ、世直しに過激に挑む消防団員(『うまれてないからまだしねない』)というものたちだった。大橋の演じる役は、いつも独りで、見えない何かと闘いつづけていたし、あんなにも、孤独が似合う俳優はいなかった。美しさは孤独な者だけが持つ特権だ。彼の美しさ、誠実さ、思いつめるあまりの常軌を逸した行動が、範宙遊泳の作品にはいつも緊張感をもたらしていた。

夜は臆病だが、ときどき勇気を出す。ただ、その時のバットの振り方を、決定的に間違えるのだ。しかもフルスイングで。鍋をカバン代わりに背負って何とかカズの目に止まろうとしていた登場シーンだってそうだ。不器用で臆病で、だけど、夜はカズのことが好きで仕方ないのだ。酔って眠ってしまったカズにキスをした晩の、夜のいじらしさに胸が震えた。目を覚ましたカズは、夜がどんな思いで彼にキスをしたか鑑みることなく、夜の引っ込み思案な冗談の仕草を真に受けて、笑い話にしてしまった。その小さな亀裂が、いずれ来る決裂を示唆していた。

そして、その時が来てしまった。カズと夜は大学四年生。自主映画を取ったり、相変わらず呑んだくれる日々を過ごしていた。夜の家で鍋パーティをしたある日、カズたちとふざけて撮影した自主映画の上映を横目に夜は「面白いもの見せてやるよ」と言ってキッチンに引っ込んだ。再び登場した時、彼はメイクをして、赤いドレスに身を包んでいた。

2 や この格好 やってみたはいいけど あんまりしっくりこないんだわ 俺こういうんじゃないと思うんだわ

彼自身の、アイデンティティへの戸惑いが表れていた一言だった。彼はまだ、自分がどんなセクシュアリティで、どんな人を愛しているのかわからない。どんなふうに人を愛せばいいかわからない。夜はそのまま、茫然としている二人をよそに明るく水炊きを食べ始める。居たたまれない時間が、その場に流れる。

観ながら、キッチンで、赤いドレスに着替えていた間の彼の心持ちを想像するだに胸が痛んだ。その姿でカズとあんの前に登場し、一瞬で彼の心の揺らぎを了解したあんに対して、カズは「どういう意味だよ?」とあくまでも彼なりの「普通」を貫き通す。貫く、というよりはこれがおそらくカズの素の対応であり、この鈍感さこそが彼の分け隔てない態度、愛される理由なのだが、それが決定的に裏目に出るのがもどかしい。

あんのタトゥーも夜のマリファナも、カズは「気にしな」かった。同じように夜がドレスをまとってセクシャルマイノリティであることを告白した時も、「気にしない」様子を貫いてしまった。そうじゃないよ、気にしてほしいんだよ。夜の言葉にできない悲しみが聞こえるようだった。夜はカズに、一緒に考えてほしかった。最愛の親友なら、そうしてくれると思っていたのではないか。「一線」を持たず、誰が何をしていても「気にしな」かったがゆえ、カズは夜のセンシティヴな叫びを無碍にした。そして、何もかもが伝わらないことに逆上した夜が、あんと3人でセックスしようと言い出し、あんを押し倒した夜の手を振り払って言ってしまったのだ。

1 触んなホモ!

と。それが、彼らの幸せの終わりを告げる言葉だった。
そしてカズは、客席下手最前列にあった半透明のカーテンを「過去の扉」と称して閉めてしまう。ためらいながらも「2032年」の今、事件を起こした夜を思って、カズは学生時代に夜が住んでいたマンションに向かう。

1 (※前略)まあでもいない可能性の方が高いのかな でもね 俺思うけど 可能性って言葉はポジティブな意味で使われるべきだよ あらゆる可能性がここにあるんだったら(※後略)

カズの祈りに応えるように、15年前と同じ姿で、上手の扉から夜は現れた。それが本当のことだったのか、カズのつくりだした幻なのかは、どっちでもよかった。演劇では、舞台にいる人間だけを信じればいいのだ。

閉ざされていたカーテンを開け、夜は観客に言った。
「いらっしゃい」
こうして私たちは、初めて夜の部屋に招かれた。2017年でも2032年でもない、いま、現在、ここにいる客として。

夜は幾度思ったことだろう。カズのように、愛される側として生きることができたら、と。無邪気で誰とでも壁を作らず話すことができ、たくさんの友達に囲まれたカズのように、と。しかし劇中でカズの友達が登場するわけでもなく、本当に彼に友達が多いのかはわからない。

でも夜、きみはずっとカズの特別だった。きみの望むようなかたちではなかったかもしれない。きみは何が欲しいのか、誰とどんなふうに一緒にいたいのか、自分でもよくわからないのだろう。ペニスの形でも何でもない、レインボーカラーのバラを公園で配っただけで、なぜ自分が世の中から排除されるのか、未だに葛藤は続いているだろう。

そして日は暮れていく。夜がずっとまとっていた黒い服は、彼のこころを隠すための闇だった。カズのオレンジがかった黄色にも見える服は、夜からもっとも遠い、憧れの太陽の色だ。ふたりの真ん中にいたあんの青いシャツは夜の手前のほの暗い夕暮れ。あんの黒いネイルは、右手の指だけ赤く染められていた。これが彼女の「一線」だと思った。右耳にだけ長く垂れ下がったピアスは、彼女のアンバランスな迷いを思わせる。ゆらゆら揺れるものは男心を惹き付ける、なんて言うけれど、カズは鈍感なくせに野性的な直感がある男だから、あんのその揺らぎを見て取って惚れ込んだのかもしれない。

夕暮れから日が落ちるまで、カズと夜は空白の15年を埋めるように、ぽつりぽつりと言葉を交わし合った。

1 月が綺麗ですのう

これは夜を愛する気持ちも憎む気持ちも持たなかった彼が、再会した夜に、初めて自分から口にした愛の言葉だった。彼は、15年経って初めて「愛される側」から「愛する側」へ、その谷を飛び越えたのである。カズからこぼれた言葉を訊いて、夜は心底、安心した表情で、微笑んだ。

2 ミートゥー

そこにあんがやってくる。今、家で家族3人ですき焼きを食べていると話すあん。全然違う空間で、15年前と同じように相づちを打ち合う。結婚後のあんは、もしかしたらタトゥーを消したかもしれない。自分の「一線」を守り続け、幸せな生活を選んだ彼女に、もはやタトゥーはいらないだろう。

山本卓卓の信じる「演劇」とは、「時間」の魔法だ。舞台上では時間を飛び越えることができる。台詞ひとつ、語り掛けひとつで、15年という歳月をぐっと引き寄せることができる、それが演劇だ。だからいいんだよ。これは、これが、演劇なんだ。だから「2017年」を今生きている観客の私たちが、「2032年」の彼らの再会と、どうなるかわからない未来を、涙で祝福したって、その場で一緒に劇場にいたって、辻褄なんかぜんぜん合ってないんだけど。

1 いいに決まってんじゃん
2 関係ないよ そんなの

「関係ない」と言い続けたカズの言葉を、夜が言う。関係が、更新される。ラスト、暗闇が劇場を包む直前、ささやくように放たれたこの台詞は、山本のひそやかな宣言のように思えた。

偶然は、奇跡は、神にしか狙って起こすことができない。かりに、演劇作品における神(創造者)が劇作家であるとするならば、いくらでも狙った奇跡を起こすことができる。カズとあんの再会も、カズと夜の再会も、劇作家という存在が起こした奇跡によって果たされた。そんな偶然、そうそうあるはずない。誰とでも自由に再会できたら、私たちはもっと寂しい思いをせずに生きられる。観客のそんなノスタルジーを包み込むように、劇作家・山本卓卓はこの戯曲にたくさんの奇跡を盛り込んだ。

「関係ないよ そんなの」

その宣言は、演劇の未来をますますひろげ、俳優、言葉、身体の持つ可能性を塗り替えることになるだろう。なぜならばいつだって、カズの言ったとおり「可能性って言葉はポジティブな意味で使われるべき」だからだ。

 

 

 

【上演記録】
範宙遊泳『その夜と友達』
2017年8月3日(木)〜13日(日)STスポット

作・演出|山本卓卓
出演|大橋一輝(範宙遊泳) 武谷公雄 名児耶ゆり

音楽|涌井智仁
アートディレクター|たかくらかずき
映像|須藤崇規
美術|中村友美
照明|富山貴之
衣裳|藤谷香子(FAIFAI)
舞台監督|櫻井健太郎
演出助手|藤江理沙 大内一生
デザイン|金田遼平
広告写真|齊藤翔平
当日運営|田中亜実(劇団女体盛り)
制作助手|川口聡
制作|柿木初美
制作統括|坂本もも

協力|プリッシマ FAIFAI 劇団女体盛り ロロ 急な坂スタジオ 森下スタジオ ローソンチケット

助成|公益財団法人セゾン文化財団 ARTS COMMISSION YOKOHAMA 芸術文化振興基金

共催|STスポット
企画制作・主催|範宙遊泳 さんかくのまど