「ガーデン・パーティ」創刊によせて

演劇をつくる人、たずさわる人による文芸メールマガジン「ガーデン・パーティ」(http://www.mag2.com/m/0001678567.html)を創刊することにしました。
 
メールマガジンのタイトルは、作家キャサリン・マンスフィールドの短編『ガーデン・パーティ』から取っています。
 
『ガーデン・パーティ』は、このような話です。(文中台詞引用部は『マンスフィールド短編集』ちくま文庫から)
 
イギリスの貴族の娘、ローラは朝から楽しい園遊会の準備に夢中。庭師の男たちや花屋との会話からは、階級ごとに人々の暮らしが絶望的に異なっている様子が浮かび上がります。そんな中、料理番とのたわいもない会話からローラは、今朝方近所で男が落馬して死んだことを知ります。ローラは母に、パーティは中止すべきではないかとおそるおそる申し出ます。「バンドもいるし、お客さんもいるわ。みんな聞こえてしまう、お母さん、あそこはお隣みたいなもんじゃない?」。それを一蹴した母に、ローラは言います。「お母さん、あたしたち、ものすごく薄情じゃない?」母は厳しく「ああいうふうな人たちは、わたしたちが犠牲的なことをするのを、期待していないのよ。あなたがいまやっているような、みんなの楽しみをだめにするようなことは、思いやりのある行動とはちょっと言えないわね」と、言い捨てます。ローラは部屋を飛び出しますが、結局、パーティはつつがなく執り行われました。パーティが終わり、ローラの父が事故で死んだ男の話を始めます。死んだ男には奥さんと半ダースの子どもがいた……。ローラの母はそこで「良いことを思いついたわ」と言い、パーティの残りものを詰めたバスケットをつくり、それを持って男の家に行くようにローラに言いました。「でも、お母さん、それがほんとうに良い考えだと思うの?」と、またしてもローラは思い悩みます。それでも、ローラはバスケットを持って、薄汚い路地にある男の家まで行かなくてはなりませんでした。きれいなワンピースと帽子のまま、ローラは居たたまれない思いで男の家まで辿り着きます。男の家に案内され、やりきれない思いでローラはバスケットを渡し、帰ろうとしますが、引き止められて男の死に顔を見ることになります。それはとても穏やかで、幸福そのもののような死に顔でした。「こんな帽子で来て、ごめんなさい」と、ローラは啜り泣きながら逃げるように家に帰り、兄ローリーの腕の中に飛び込みました。ローリーは訊ねます。「こわかったか?」「いいえ」ローラは泣きながら言います。「ただ不思議だっただけ。でも、ローリー、生きることって」そこから先、ローラは言葉を続けることができませんでした。でもローリーだけは、ローラのことを理解してくれていたのでした。
 
演劇を観て、批評を書いている私はときどき考えます。私が日々取り組んでいることは、ただのガーデン・パーティなのではないだろうか。路地裏で死んだ男のことを知りながら、だってパーティは中止できないわ、と知らん顔し、自分がひととおり満足したあとで優雅な残り物を詰めたバスケットを、誰かに押しつけようとしているだけなのではないだろうか。
 
どれほどの「分断」がこの世にあるのか、想像もできない。
 
演劇批評は、演劇を観にくる人たちにしか伝えることができない。観にこられなかった人たちのために批評を書き残している側面もあるけれど、それも読まれる可能性はわずかです。世界中に届けるなんていうことはできない。そもそも、日々の暮らしを精一杯生き抜くこと以外に、文化的な楽しみや気づき、深みを本当に必要としている人がどれだけいるというのだろう。
 
もちろん、「本当に必要としている人」がいると信じるからこそ、私は書くのです。だけれど、この世界の圧倒的な不均衡と不寛容、無関心に対して自分のおこないが欺瞞に満ちたものではあるまいか、顧みて落ち込む夜も少なくありません。
 
演劇人による文芸メールマガジンを創刊しようと思った時に、この物語のタイトルをつけようと思ったのは、そうした「ガーデン・パーティ」の外の世界のことを想像しつづけたいと思ったからです。幸いな事に、多くの演劇人が私のメルマガ発行に賛同してくださり、寄稿を快諾してくださいました。その中で、何人かの方がおっしゃった言葉があります。「演劇作品以外で、文章を書く機会を持ちたいと思っていた」。それを聞いた時、私はひとりではなかったと思いました。劇場から閉め出されてしまうもの、演劇から取りこぼされてしまうものを、本当はみんな危惧していたんだと。
 
さまざまな相手と「対話」の機会を持つことが重要なのは、言うまでもありません。それは知らない世界を知り、知らない場所にゆき、ローラが貧しい男の死に顔を見てショックを受けて涙するような体験です。それが「生きること」です。ですが、その「対話」の厳しさ、難しさに直面し、また苦しむ人も生まれることでしょう。
 
だからこのメールマガジンは、執筆者の小さな「独白」「思いのかけら」を集めたものにしたいと思っています。それはささやかで、おもしろみや諧謔に満ちていて、くだらなくていいのです。そうしたものものは、華やかなガーデン・パーティを支えながら、参加は許されない料理番、庭師、花屋たち、そして人知れず死んだ路地裏の男たちに似ているかもしれません。でも、パーティを主催するイギリスの貴婦人と彼らを隔てているものは何なのか、この世の仕組み、他者を想像することの限界を知り、それでもなお「想像し続ける」ことを、ここはたったひとりで選び取る場にしたいのです。読者の皆さまが、それを読んで、心の奥底に何かひとひらの希望を感じてくだされば、これ以上の幸せはありません。しかしこれはその「幸せ」を生み出した瞬間にも、「幸せ」とは何なのかを問いつづけていくようなこころみです。
 
ひとまず1年という期間限定ではありますが、どうぞお楽しみくださいませ。
 
 
2017.3.1
LittleSophy主宰 落 雅季子